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岡山地方裁判所 平成5年(ワ)850号 判決

原告

有限会社成和プランニング

右代表者代表取締役

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

中村道男

被告

千代田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

佐藤治

右訴訟代理人弁護士

江口保夫

田野壽

江口美葆子

豊吉彬

水田美由紀

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し、金七二一〇万円及びこれに対する平成五年七月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、火災保険契約に基づき、その保険金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

(一) 原告は、ビデオレンタル等を業とする会社であり、岡山県和気郡和気町〈番地略〉でビデオレンタル店「わくわくランドチャチャ」(以下「本件店舗」という。)を経営していた。

(二) 被告は、火災保険及び自動車保険等各種損害保険を取り扱う株式会社である。

2  保険契約の締結

原告は、平成四年一〇月二八日、被告との間で、次の約定で、火災保険契約(以下「本件火災保険契約」という。)を締結した。

(一) 保険期間 平成四年一〇月二八日午後四時から平成五年一〇月二八日午後四時まで(店舗総合保険普通保険約款〔以下「本件約款」という。〕三三条)

(二) 保険の目的 設備・什器・商品・製品等一式

(三) 保険の種類 店舗総合保険

(四) 目的所在地 岡山県和気郡和気町〈番地略〉

(五) 本件金額

(1) 什器・設備等について

一七〇〇万円

(2) 商品について 四八〇〇万円

(3) 臨時費用 損害保険金の三〇パーセントの範囲内で上限金額を五〇〇万円とする。

(4) 後片付費用 損害保険金の一〇パーセントを限度として実費(本件約款九条一項)

(六) 免責規定

(故意の事故招致)

被告は、保険契約者、被保険者又はこれらの者の法定代理人(保険契約者又は被保険者が法人であるときは、その理事、取締役又は法人の業務を執行するその他の機関)の故意もしくは重大な過失又は法令違反によって生じた損害に対しては、保険金を支払わない(本件約款二条一項一号)。

(不実の申告)

被告は、保険契約者又は被保険者が損害発生の場合の前記手続(本件約款二六条一項)において、正当な理由がないのに、右提出書類につき不実の表示をしたときは、保険金を支払わない(同条四項)。

3  火災の発生

本件店舗は、平成五年二月一日午前三時二五分頃、その中に在置していた設備機器及び商品とともに焼失した(以下「本件火災」という。)。

4  原告の保険金請求と被告の支払拒絶

原告は、平成五年七月一日、被告に対し、本件保険契約に従い保険金の支払を請求したが、被告は、支払を拒絶した。

二  争点(前記一2(六)の免責事由の有無)

(被告の主張)

本件火災の出火原因は原告の代表取締役である甲野太郎(以下「甲野」という。)の故意又は重大な過失行為にあるから、本件約款二条一項一号にいう「故意の事故招致」に該当し、被告には保険金支払義務はない。

これを根拠づけるものとして、次のような事実が存する。

1 原告代表者甲野の本件火災の発生原因に関する説明や供述内容はその度毎に変遷し、整合性を欠いており、信憑力がない。

2 原告代表者甲野の段ボール箱の大きさや屑紙の量に関する説明や供述内容もその度毎に変遷し、整合性を欠いており、信憑力がない。

3 原告代表者甲野のビデオパッケージへの延焼により爆発音のような音がしたとの供述は虚偽である。

4 原告代表者甲野は、消火器が近くにあるのに消火活動をしていない。

5 集金時間及び段ボール箱内の屑紙の量について、原告代表者甲野の供述と原告の従業員松下泰典の供述は相違している。

6 原告は、本件火災当時、経済的に破綻し、早晩倒産する状況にあった。

7 原告は、借入金の返済に追われ、賃料の支払も滞っていた。

8 原告は、従業員の給料の支払も滞っていた。

9 原告は、本件火災による損害を過大に申告している。

10 被告は、原告に対し、訴状添付商品明細一覧表③記載の商品の各タイトル名を明らかにするよう釈明を求めたが、原告はこれに応じない。

11 原告は、被告の本件約款に基づく調査を妨害し、あるいはこれに協力しない。

(原告の主張)

本件事案は断じてモラルリスク事案ではない。

1 まず、本件火災保険契約は原告が積極的にその締結を求めて成立したものではない。

本件火災保険契約の締結は、そもそも被告の代理店を営む原告代表者の友人から話が持ち込まれたことがその発端であり、被告において原告が本件店舗に保有していた商品量やその価格を精査したうえ、被告が判断した保険金額に基づき締結されている。

契約当初から、原告が保有している商品や什器備品等の価格が保険金額の七五〇〇万円をはるかに超えていたことは、原告と被告の双方が認識したうえで契約締結に至ったものであり、本件火災は契約締結直後に発生した火災でもない。

2 本件火災により原告に対して火災保険金が支払われたとしても、原告には利得が全くない。

被告は、①借入金の存在と賃料の不払い、②従業員の給与不払い等々の事実から原告が経済的に破綻し、早晩倒産に至る状況にあったと断定しているかの如くであるが事実に反している。

(一) まず、原告は十二分な支払計画に基づき、三、四の金融機関から事業資金や住宅取得資金を借り入れていたのであり、本件火災発生前においてその支払を一度たりとも遅滞してはいない。

原告代表者甲野は、本件火災後、被告に対し、これら借入先の金融機関について隠したことは一切ないし、十二分に報告し、被告の調査も待っていた状態にあり、本訴において、被告がこれら金融機関へ調査嘱託することができたのもそのためである。

また、商品仕入先に対する代金支払が順調に行われていたことは、甲第一一号証ないし第九四号証によって裏付けられており、これら書証は本件火災当時原告が保有していた商品量をも裏付けている。

(二) さらに、原告の従業員松下泰典に対する給料の支払遅滞も、本件火災後原告が営業を再開して以後の段階で生じたものである。因みに、同人作成の乙第二四号証では、給料の支払遅滞の事実は全く触れられていない。

(三) 本件店舗は賃借物件であり、その賃料支払遅延についても営業再開後に生じたものである。

なお、賃貸人は火災後、本件店舗を再築して再び原告に賃貸したものであり、賃貸人として火災前に原告において賃料不払いの事実があれば、また、原告代表者甲野との信頼関係がなければこのような対応となることは不自然であろう。

要するに、被告の所論は、本件火災後生じた原告の経済的苦況とそれによって発生した諸事実と本件火災以前における原告の経済的事情とを混淆し、為にする推論を展開しているものに過ぎない。

3 本件火災の発生原因について

(一) 本件火災の出火日時は、平成五年二月一日午前三時二五分となっており、原告代表者甲野が、火災後これについて述べたのは、同日直ちに行われた消防署員の二回にわたる質問に答えたことに始まる。

(二) そして、同年二月二八日付で、所轄消防署は、出火原因について得た結論とし、次のように判定した。

(1) 火源について、原因として放火も考えられるが、たばこの火による原因の方が強く考慮される。

(2) 原告代表者甲野が、出火箇所の本件店舗南西部分の「く」の字形テーブルの上でスキー板の手入れをしていて、途中たばこを吸って火の付いたたばこをフィルターを外に向けて灰皿を置き、灰皿からたばこが落ち、下の段ボール箱のワックスの染みたティッシュペーパーに着火し燃焼拡大したものと考えられる。

4 多年にわたる本件訴訟の審理を通じても、右3の判断は維持されて然るべきである。

この点につき、被告は、原告代表者甲野の細部の供述の変遷をもってその供述の信憑性に疑念を投げかけているけれども、同人の供述は火災原因等に関する基本部分については終始一貫している。

本件訴訟における被告訴訟代理人の原告代表者甲野に対する反対尋問は、審理には現れていない同人の被告に対する事故報告書(乙第二四号証の如きものと考えられる。)を前提とする質問の繰り返しにより、法廷における原告代表者の供述内容との間に生じた些細な相違点をもって原告代表者甲野の供述全体の信憑性を弾劾する手法によるものである。しかし、およそ危難に遭遇した者も、たとえこれを実際に体験した直後であっても、具体的かつ詳細な事実関係まで寸分違わず記憶していないことは経験則が明らかに示している。

しかも、被告が反対尋問で利用した訴訟前作成された原告代表者甲野の供述書についても、被告はかねてこれを乙号証として提出することを裁判所に対しても約束済みであったにもかかわらず、未だもって提出されていないことを強く指摘しておきたい。

5 また、本件訴訟でなされた鑑定については、それ相応の実験結果の示されたことには敬意を払わなければならないが、その基礎資料に前述した未提出の書証が加わっていないことは不審である。鑑定の結果も被告が本件で保険金の支払を拒絶する絶対的根拠とはなり得ない。

6 損害について

(一) 被告は、原告の商品損害について、火災後現場に残存していた焼残り商品により、原告の請求が過大であり、モラルリスク立証の一資料としているかのようであるが、到底首肯し得ない手法である。

何故ならば、被告は、本件火災保険契約を被告が引き受けるに先立ち、本件店舗に来店し、原告が保有している全体の商品量や個別商品の価格等を実際に確認し、これを十分検討した結果契約締結に至った経過は前述したとおりである。

本件火災発生前に、被告が契約前に確認した商品等を原告が他の場所に移動させたなどの事実があるのであれば格別、そのような事実は全くない。

(二) また、被告は、本件火災発生後における被告の調査に対する原告の非協力的態度を論難するが事実に反する。

保険金の支払われることは、原告にとって最も急務の事柄であり、原告は被告の指示に対してはこれに積極的に協力したし、非協力的態度をとることにより原告に益することは何もない。

因みに、被告が原告代表者甲野の反対尋問に利用した同人作成の事情説明書や乙第三〇号証や甲第九六号証等も被告からの指示に従って原告側で作成したものである。

これに対し、被告が原告に通知したのは「保険金を支払うことはできない」との結論のみであり、その後、本訴における被告の訴訟追行態度から考えて、右結論は、事前において被告として何ら本件火災の発生原因についての究明など行わず、専ら中途半端な損害額の確定に窮々としていた挙げくのものであり、被告こそ不誠実な対応に終始しており非難を免れない。

(三) さらに、被告は、自らの求釈明に関する原告側の対応についても非難するが、これも当たっていない。

原告の保有していた個別商品(レンタルビデオ)の題名については、焼失後これを拾いあげることは至難の技であるが、原告としては、調査の可能な限り訴状添付の商品一覧表として挙げたものである。

さらに、原告はこれを裏付けるため、甲第一一号証以下甲第九四号証までを証拠として提出している。これは原告の商品仕入先が業界大手であったことから可能であったのであり、小企業からの商品仕入れであれば、原告の事情というよりも仕入先の事情によって、この点を究明することは不可能である。

本件では、甲第一一号証から甲第九四号証によって、原告が本件火災前にどの程度の営業規模で商品仕入れを行っていたか、また、その商品代金について円滑な支払をしていたかは十分に判断し得よう。

7 まとめ

原告及び原告代表者個人甲野としては、本件火災について故意や重過失によって火災を発生させ、あるいは、被害額の拡大を試みたものでは全くない。

本件は、被告が本件火災保険契約に基づく保険金の支払義務を到底免れ得ない事案である。

第三  争点に対する判断

一  前記争いのない事実に証拠(乙第三号証ないし第六号証、第九号証ないし第一四号証、第一五号証の1ないし16、第一六号証、第一七号証の1・2、第一八号証ないし第二二号証、第二四号証、第二五号証〔枝番を含む〕、第二六号証〔前同〕、第二七号証、鑑定の結果、証人松下泰典、原告代表者〔一部〕)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

1  本件火災現場の状況

平成五年二月一日午前三時二五分頃、本件店舗から出火し、本件店舗を全焼し、本件店舗が入っている建物の他の二軒のテナントの店舗に煙損害を与えるとともに、有限会社ロビイファイブの所有建物を半焼した。

消防の先着部隊が水利部署したときの見分状況によれば、本件店舗の西側の壁の中央部あたりから、炎と黒煙が出ているのを確認しており、また現場到着したときは、中央部から南側が激しく燃えているのを確認している。

本件店舗西部の焼燬が強く、その部分に置かれていたスキー板の手入れをしていたと甲野が説明した「く」の字形のテーブルは完全に焼燬して、ステンレス製の足だけが転がっていて焼燬が強かった。また、同じ場所に甲野がスキー板の手入れをしていた途中たばこを置いたという鉄製の灰皿が焼跡に見分されており、また、その下にはワックスをふきとったというティッシュペーパーを捨てたという段ボール箱の底だけが焼け残っている。

以上の事実によると、本件店舗南西部分から出火し、延焼拡大したものと推定される。

なお、甲野の説明によると、本件店舗内外の本件火災当時の関係部分の距離関係は別紙図面にあるように、①駐車車両から玄関ドアまで四ないし五メートル、②駐車車両から室内蛍光灯スイッチまで約九メートル、③同蛍光灯スイッチから電話機まで約二メートル、④電話機から出火場所まで約一二メートル、⑤玄関ドアから出火場所まで直線にして約一四メートルとなる。

2  警察と消防署の見解

消防署は、同年二月二八日付火災原因判定書の「2 出火原因の検討」及び「3 出火原因の判定」の項で次のように述べている。

「2 出火原因の検討

出火場所の焼き状況より考察して火源は、床面に近い部分と推察されるのでファンヒーター、電気配線、たばこによる失火及び放火による原因が考えられるので、それぞれについて検討する。

(1) ファンヒーターについて

甲野太郎の一回目の供述によればファンヒーターは店を出る前に切ったと言っており、ファンヒーター周辺の焼損は弱く、油も空の状態であり、また実況見分時にスイッチは切っていると確認していることから、出火の可能性は薄い。

(2) 電気配線について

店内でスキー板の手入れをしていたので、照明はつけられていたと考えられるので、電気配線から出火し、急激に延焼拡大したとは考えられず、また床面には配線は見分できないので可能性はない。

(3) たばこについて

甲野太郎の一回目の供述によれば、店舗南西部分の『く』の字形のテーブルの上でスキー板の手入れをしながら、約一〇本のたばこを吸っていると言っており、灰皿はテーブルの上に置いていたが、スキー板の手入れをするのに、灰皿が邪魔になるのでテーブルの隅に置いたと供述している。

テーブルの下には段ボール箱を置いて、ゴミ箱の代わりにして、スキー板にワックスを塗り、ティッシュペーパーでふきとり、ふきとったティッシュ約三〇枚を段ボール箱に捨てたと説明している。段ボール箱には雑誌などが入っていて、ほとんど箱いっぱいぐらいであったと供述している。

兵庫県上郡の店では、灰皿の上にたばこの消し忘れで、たばこが床に落ち床を焦がしたことが五回ぐらいあるとも説明している。

これらを考察してみると、テーブルの上でスキー板の手入れをしながら、たばこを吸ったとき、消し忘れて何らかの作用で段ボール箱に落ちて、スキー板をふいたティッシュペーパーの上に落ち、着火した可能性は十分考えられ、時間の経過とともに燃え広がっていくと考えられるのに、店舗内にいたにもかかわらず気がつかず、帰るとき車に売上金、書類入れのカバン、ビデオテープを入れて、店の鍵を掛けるため店内を見ると、スキーの手入れをしていた所が赤くなっていたと言っている。このわずかな時間に急激に延焼拡大したとは考えにくいが、甲野太郎は火事だったら一一九番通報することしか頭に浮かばなかったと言っているので、消防へ通報している間に延焼拡大したものと推定される。

従ってスキー板の手入れをしている所が、たばこを吸っている所であるので、たばこによる可能性は十分ある。

(4) 放火について

外部からの放火については、甲野太郎が店舗内にいたので考えられない。甲野太郎の第二回目の供述によれば、平成三年一一月から店を経営しているが、カラオケボックスの方は開店当時から赤字が続きで、建物の持主である藤原さんに相談し、安い機械に交換しようとしていること、また、ビデオレンタルの方も兵庫県上郡の店とテープをやりくりしているが、経営状態がよくない説明していること。

保険は、不動産、動産を含めて八千万円加入していたことなどから放火の可能性も認められる。

3  出火原因の判定

火源についての検討の結果、原因としては放火も考えられるが、たばこの原因の方が強く考慮される。

出火箇所の判定の項で述べたとおり、出火箇所は店舗南西部分で、スキー板の手入れをしていた所と判定される。

甲野太郎が店舗南西部分の『く』の字形のテーブルの上でスキー板の手入れをしていて、途中たばこを吸って火のついたたばこをフィルターを外に向けて灰皿に置き、灰皿からたばこが落ち、下の段ボール箱のワックスの染みたティッシュペーパーに着火し燃焼拡大したものと認められる。」

また、岡山県備前警察署は、当裁判所の文書送付嘱託に対し、「現在のところ火災原因については特定に至っておらず、引続き捜査中である。」と回答している。

しかし、右判定書は、専ら甲野の説明に依拠したものであり、後記鑑定の結果をも参酌して考えると、鑑定人の実験結果では、ワックスやリムーバーなどがティッシュに付着した場合は、たばこの火では着火には至らなかったというのであるから、果たしてたばこの火からワックスの染みたティッシュペーパーに着火したという前記判定の推論が科学的に合理性のある根拠によって裏付けられたものであるのかについては強く疑念の抱かれるところである。

以上の事実からすると、本件火災の捜査をした警察や調査にあたった消防署も、甲野の説明からたばこの火の不始末の線も考えているが、放火の線も捨てているわけではなく、結局、本件火災の原因については警察も消防署も未だ最終結論を留保したままとみるほかはない。

4  原告の経済状態について

原告は、平成二年一〇月四日に設立された、ビデオ、コンパクトディスクのレンタル、ビデオ、コンパクトディスク、書籍の販売、カラオケスタジオの経営を業とする資本金五〇〇万円、従業員約四名の会社であり、会社設立前は原告の代表者甲野が個人で経営したものであり、個人営業当時の確定申告(平成二年度)によれば、売上金額約八九〇万円、所得金額五八〇万円を計上していた。

原告の店舗としては、原告の肩書住所地に所在する本件店舗のほかに個人営業当時の営業店舗を継承した上郡店(兵庫県赤穂市上郡町山野里〈番地略〉)があるが、いずれも賃貸物件である。

本件店舗は、平成三年一〇月に新設され、同年一一月から営業を開始したもので、レンタルビデオ部門は、和気・佐伯・吉永地区を中心に会員を募り、会員数は約一五〇〇名である。また、カラオケ部門は、本件店舗の内部を仕切り六部屋のカラオケルームを設けて営業していたものであり、営業時間は午後〇時から午後一二時までであった。

原告の営業収支は、初年度売上約二七三〇万円、純損失約一二〇万円、第二年度売上約五二八〇万円、純損失約九四〇万円で、会社設立当初から赤字経営であった。

公認会計士下園和彦は、決算書類等に基づき原告の財務状況を検討した結果として、「①営業成績については大幅欠損が生じていること、その原因としては、新店舗開設した第二期目の売上が経費を賄う程度で無かったことが考えられる。②その結果、平成四年八月三一日現在では債務超過の状態に陥っていること、③資金的には逼迫状態にあることが上げられる。」、「売上高の大幅な増加が見込まれない限り、事業の縮小、最悪の場合には閉鎖も有り得る状態であったと想定される。」と述べている(乙第二二号証)。

甲野も、「店の経営状態はカラオケボックスの方は開店当時から赤字が続いて、最近大家さんに相談してカラオケ屋と相談して安い機械に交換して続けようと思っていた所です。レンタルビデオの方も上郡の店とテープをやりくりしながらやっていましたが、あまりよくなく、どうにかやっている状態です。昨年あたりからどこも悪いということでうちも、あまりよくありません。」(乙第四号証・第二回質問調書)、「カラオケだけをとって売上と家賃・リース代・電気料を考えるとトントンであり、従業員の給料分だけ損をしている。」「このため、やめてしまおうか思った時期がある。」「本件火災後、カラオケは再開せず、同じ場所で規模を三分の一に縮小し続行している。」旨(平成六年一〇月一七日本人尋問調書)供述している。

また、原告の従業員であった証人松下泰典は、給料の未払いが一、二年位あったので原告を辞めた旨証言している。

一般に、レンタル事業は初期投資の時点では資金的に苦しい状態にあるのが普通であるが、特に、レンタルビデオ業界では、甲野本人も述べるように、例えばレンタルビデオの仕入現価が一万二〇〇〇円の場合、一回のレンタル料を四〇〇円とした場合、三〇回目のレンタルで初めて投資額が回収されるところ、新作の販売開始後二、三か月がレンタルの最盛期であり、その後は人気がなくなり、低価格で中古販売されているのが現状であるが、本件店舗の場合、仕入時期が一年以内のものは約二〇パーセントで旧作が多かった。

以上の事実からすると、本件火災当時頃に支払時期が到来していた債務の返済を滞っていたなどの状況は認められないけれども、原告は相当程度資金繰りに逼迫していたものと窺われ、本件店舗に対する本件火災保険契約締結状況(本件店舗が全焼すれば、の保険金を取得できる状況にあった。)に照らせば、原告に本件店舗を全焼させる動機・目的を持たせる状況があったことは否定できない。

5  本件火災の発生原因に甲野の説明

(一) 甲野の消防署員に対する説明(乙第四号証・第一、二回質問調書)

(1) スキーの手入れをしながら新作のビデオを見てタバコを一〇本位吸った。

(2) 鉄製の灰皿をくの字形の台の右上隅に置き、火の付いたタバコを灰皿をのせる所にフィルターの付いた方を外側に向けて置いていた。

(3) 右の台の下にみかん箱より大きめの段ボール箱を置き、その中に雑誌や塵を入れ、その上にスキーのワックスや汚れを取るために使用したティッシュペーパー三〇枚位を入れ、箱は一杯になっていた。

(4) スキーの手入れを終わり、ファンヒーターのスイッチを切り、売上金と書類入れカバンとビデオテープ四本とを持ち、本件店舗の前に停めていた車にこれを入れ、出入り口のドアの鍵をかけるため、本件店舗の方を振り向くと、スキーを手入れしていた所が赤くなっていたので、カウンターの所まで行き、電気をつけると炎が上がっていた(天井までは上がっていなかった)ので、カウンターの上にあった電話機で直ぐ一一九番した。そうしているうちに煙がきたので、外に出た。

(5) 火事の原因は、灰皿に置いた火の付いたタバコが段ボール箱内に落ち、火が出たのではないかと思う。

(6) 消火器を使用しなかったのは、あることは知っていたが、一一九番通報することしか頭に浮かんでこなかった。

(二) 甲野の火災発生原因報告書(乙第一六号証)における説明

(1) タバコを吸いながらティッシュペーパーでスキーの表側を磨き、汚れのひどいところはベンジンをティッシュペーパーにしみ込ませて拭きとり、汚れたティッシュペーパーは段ボール箱のゴミ箱へ捨てた。

(2) スキーの手入れを終え、革製のバッグを持ち、照明のスイッチを切って店内の蛍光灯を消し、正面出入口から外へ出て、駐車していた車両の運転席ドアを開け、バッグを車内に置いてから正面出入口へ引き返し、鍵をかけようとした時、店内の奥の方が明るくなっているのに気づいた。

(3) ドアを開け中に入り、照明スイッチを入れ明かりをつけ、カウンターの位置まで入ると、箱の上に置いていたビニール袋が燃えていた。

その時、火がついていたのはビニール袋だけであったように思う。炎の大きさは幅が一メートル、高さは一七五センチメートル位だと思う。

(4) 恐怖を感じ、消火しようという考えは浮かばず、一一九番通報した。電話している間に火はどんどん大きくなり、黒煙が迫ってきたので、電話を終えると外に飛び出した。

(5) スキーの手入れを終えた時は火は出ておらず、消防署へ電話するまでの時間は五分以内であった。

(6) タバコを吸いながら売上金の計算やスキーの手入れを行っていたので、この間少なくともタバコは一〇本位吸っているはずである。

(三) 甲野の右のような本件火災後の言動からは、甲野がたばこの火の不始末により本件火災が発生したものであることを殊更印象づけようとしているものと認められるが、後記鑑定の結果に照らして考えると、果たしてその説明のような経過で本件火災が生じたものか疑問を生じる。

6  鑑定について

(一) 実験結果

鑑定人の東京理科大学火災科学研究所教授重倉祐光(以下「重倉教授」という。)は、たばこで火災となるような燃焼が生じるかどうか、生じた場合の発煙・発熱状況はどうかなど火災の初期状態を把握するために、実際に段ボール箱、スキーバッグ・ティッシュペーパー、リムーバー、クリーナー、ワックス、雑誌の紙、たばこの吸い殻や灰等を火源(燃え種)として用い、これらをいろいろな量・組み合わせ・配置条件のもとに、①たばこの火からティッシュペーパー等の紙類が炎上するか、②たばこの火から雑誌等の紙類が炎上するか、③ティッシュペーパーや雑誌の紙がたばこで燻焼する場合、臭いと発煙状況や燃焼性状はどうか、④ゴミ箱代わりに使っていた段ボール箱とその中の雑誌やティッシュの燃焼性状はどうか、⑤ゴミ箱用段ボール箱から隣接段ボール箱への燃焼拡大性状やこれらの上に形成される火炎が壁面や天井の影響を受けて伸展する状況について実験している。

重倉教授は、これらの実験の結果のまとめとして、次のように総括している。

(1) たばこによってティッシュが着火延焼することは実験的に確認できた。実験の範囲では、たばこからティッシュへの着火には約五分一三秒及び約八分四四秒を要したことが確認された。

(2) ワックスやリムーバーなどがティッシュに付着した場合は、たばこの火では着火には至らなかった。

(3) 雑誌の紙についても、たばこの火で焦げはするものの、炎をあげての燃焼には至らなかった。

(4) 段ボール内にあるティッシュに着火した場合、段ボールや雑誌類への延焼が生じた。

(5) ティッシュの着火からゴミ箱代用の段ボールや雑誌類の活発な最初の炎上が生じるのは着火後約二分頃で、発熱ピーク(約七〇キロワット)に達し、次の約二分〜三分で近接する他の可燃物に延焼拡大した。

(6) 段ボール・雑誌の入ったゴミ箱から生じた燃焼は、スキー袋及び隣接する段ボールの側壁を経路として隣接して在った段ボールに延焼拡大し、ティッシュの着火から約四分後には約八〇〇キロワット程度の発熱規模を示した。

そして、重倉教授は、推定される火災の進展状況について、時系列ごとに燃焼状態について次のようにまとめている。

(1) 〇分

火の付いたたばこがゴミ箱内に落ち込む。周囲を燻焼し始める。

(2) 三分頃

ティッシュ等が燻焼し始める。きな臭い臭いが発生すると共に、白煙が生じる。

(3) 五分頃あるいは九分頃

ティッシュが着火し、炎上開始する。

(4) 五分三〇秒頃あるいは九分三〇秒頃

ティッシュは燃え終わり、雑誌等へ延焼し、これらの燃焼が開始。ゴミ箱内の雑誌・段ボール紙などの燃焼が最初のピークを迎える。

(5) 七分頃〜一〇分頃にかけてあるいは一三分頃〜一四分頃にかけて

ゴミ箱に隣接して置かれていた段ボールやスキー袋などへ延焼し、これらの燃焼が始まる。

(6) 九分頃〜一三分頃にかけてあるいは一三分頃〜一七分頃にかけて

上記の段ボールやスキー袋の燃焼がピークを迎える。天井に沿って火炎が延び、他の可燃物へ活発に延焼し始める。

さらに、重倉教授は、甲野が、いったん自分の車まで行き、店に戻ってきた時に、店奥の付近に火炎の立ち上がりあるいは火映状態を認めていることから、①火炎先端の高さを1.8メートルと考えた場合と、②単に火映の状態であったとして火炎先端の高さを約0.3〜0.4メートルと考えた場合の二通りについて、火源の発熱規模を推定し、次のように推論している。

①の場合、火炎は着火後三分を経過する頃から、段ボールなどだけでなく天井・壁、他の可燃物へと急激に燃焼拡大が進むから、電話通報あるいは消火など火災室に留まっての行動は特段の装備が無ければ不可能に近い。甲野は少なくとも店内から一一九番に通報している事から、火災発見時は、この火炎状態よりも前の成長段階であったと考えざるを得ない。

②の場合、火災区画に留まれる時間は、長くて三分と考えられ、この間に一一九番通報する事は可能と考えられる。二分三〇秒を過ぎれば、天井下に沿って伸びてくる火炎、これに伴う煙層の厚みの増加によって、特段の装備が無ければ留まっていられない状況となるから、消火を断念した事はうなずける。

しかしながら、上記②の場合、火映の状態に気付くのが「たばこの火がティッシュの火に着火」して一〇秒以内の頃であり、いわば活発な有炎の火災開始直後の状態頃に相当する。たばこの火がティッシュに着火するまでには、少なくとも五分一三秒あるいは八分四四秒程度の時間が必要であったと推定されるから、スキーの手入れなどを行っていたり、あるいは席をたって店を出ようと立ちあがれば、当然燃焼状態は燻って燃焼していたのであるから、たばこや雑誌から発生する煙や臭いによって、異常事態の発生に気付くと思われる。

では、①の場合、スキーの手入れを行っていた場所から店のドアを(自動ドアであるが電源切のため手動)開け、自分の車に荷物を置いた後、開放のままの店ドアを閉めようとして戻った時に火災に気付いたとしている。このような行動に要する時間は歩行距離から推定して一分程度であると思われ、上記①の火炎状態が三分少し前の状態であるから、席をたったのはティッシュ着火からおおよそ二分後の状態となる。すると火炎は一メートル近くまで育っていたと推定され、火災区画にいれば当然火映の状態あるいは火炎に気付いてしかるべきと思われる。席をたって車へ行くまでに荷物を店内でとりまとめたりする時間を一分程度とすれば、この間は店内に居るのであるから、やはり火炎あるいは火映によって異常事態に気付いたはずである。

このように、火炎の進展に従って考えると、甲野は席を立つ前に煙・臭いによって異常な事態(ゴミ箱代用の段ボール中での燻焼の発生)に気付くか、これを気付かなかったとして店内を数分にわたって荷物のとりまとめを行っていたとすればその間に異常に気付かず車へ行き戻った時に気付いたとすれば、店内は熱煙気層が相当程度充満し、とても中に入って電話による通報を行い得た状態とは考え難い。

甲野の申し立てた行動から推定される火災の発展拡大して行く状況と、物理的に想定される延焼拡大状況とは上述の様に齟齬があると考えられる。

(二) 鑑定意見

重倉教授は、以上のような実験結果を前提にして、各鑑定項目について以下の鑑定意見を述べている。

(1) 「原告の説明による『作業は終わり、店外に出て、ドアに施錠をしようとした際、出火を発見した』(その間二〜三分と推定され、出火場所から発見場所までの距離約一四メートル〔乙第一八号証〕)であるが、短時間内にたばこによる出火があり得るか。」との鑑定項目について

短時間を二〜三分とすれば、火のついたたばこからティッシュ、雑誌の紙への着火はほとんどあり得ない。

短時間を一〇分程度とし、ティッシュの上にたばこの吸い殻や既に在る所に火のついた「たばこ」を垂直に立てて設置した場合、即ち火の付いた「たばこ」がこのような所に落下したと想定した場合、上述の時間内での出火はあり得る。

(2) 「出火する数分前、段ボール箱の間近にいた場合、ホワイトワックス及びその他の燻焼、煙を感知するか。」との鑑定項目について

室内暖房を行っていたため天井下に暖気が滞留していたと考えられ、たばこの燻焼程度の弱い上昇気流はこの暖気層に貫入できないため、もし煙火災感知器が天井に設置されていたとしても、この感知器では煙を感知し得なかった可能性が高い。また温度火災感知器が設置されていたとしても、たばこの燻焼程度から発生する気流によって温度火災感知器が作動する程度にまで暖気層の温度を上昇せしめたとは考えられず、この感知器によっても感知し得なかったと思われる。しかしながら、「たばこの燻焼煙」程度の弱い上昇気流であるが、暖気層の下側に棚引きながら停留するので、座位の高さであっても焦げ臭・煙を十分知覚できたと考える。

(3) 「原告の説明による『出火を発見し、直ちに室内に入り、消防に電話をしている際、ビデオ棚(出火場所からの距離約一メートル〔乙第四号証・消防火災調査添付図面〕)に陳列してあったビデオがポンポンと音がして燃えあがった』と言っているが、ビデオに延焼するか、ポンポンと音がするか、及びその時間はどの位かかるか。」との鑑定項目について

店内の棚などの配置から考えてビデオのケースに延焼し得る可能性がある。

ビデオケースは熱可塑性のプラスチックであるため、加熱されると融解する。このため、ケース内部に入っていた空気が音を発しながら急激に抜ける等は考え難く、このような燃焼形態を生じる際にはポンポンという音はしないと考えられる。しかし、ビデオケースの陳列棚が燃焼によって融解し、その上のケースが床に落ちる場合には、音が発生するとも考えられるが、ケースがすでに融解まで達さないが既に軟化していた場合には床に落下した衝撃音がするとは考え難い。

燃焼拡大する時間は火災を発見してから二分程度かかると予想される。

さらに、重倉教授は、鑑定人の見解として次のように述べている。

段ボールで代用していたゴミ箱内へ落下したたばこが着火原因となったとすれば、スキーの手入れを行っていた席をたって二〜三分後に、たばこの火から約1.7メートル〜1.8メートル程度の火炎を上げるほどには更に二分程度経過しないと燃焼は発達し得ない。火炎(あるいは火映)によってではなく、煙・焦げ臭などによって火災あるいは火災の前駆的状況に気付く十分な物理的状況が生じていたと考えられる。

スキーの手入れを行っていた席をたって五分後程度では、たばこの火からティッシュへの延焼と有炎燃焼の開始は考えられる。しかし、五分後程度では約1.7メートル〜1.8メートル程度の火炎を上げるほどには燃焼は発達し得ない。

スキーの手入れを行っていた席をたって八分後程度では、たばこの火からティッシュへの延焼と有炎燃焼の開始、次いでティッシュから段ボール(雑誌などを含む)の有炎燃焼が考えられる。この頃の火災規模では、火災そのもののあるいは火災の光による火映状態によって火災に気付いたと思われる。このような火災状態まで発達した段ボールからの火災は、隣接する段ボールやスキーバッグへと燃焼拡大し、二分程度で約1.7メートル〜1.8メートル程度の火炎を上げるほどに燃焼は発達したと考えられる。この火災は、引き続き天井に沿った火炎の伸びなどによって、急激な火災拡大と煙・ガスの充満があったと思われ、室内は煙・熱気層が目鼻の高さまで急激に充満していったと考えられ、室内にとどまって消火活動・電話での応答は相当程度困難な状態であったと思われる。

(三) 以上の鑑定結果に照らして考えると、本件火災については、それが過失による偶発的事故とすると、必ずしも十分に説明できない不自然、不合理な種々の事情が存在するものといわざるを得ない。そして、本件火災発生時、外部から甲野以外の者が侵入する可能性はなかったと考えられるから、本件火災の発生原因としては、甲野が本件火災後述べているようなたばこの火の不始末を含めて、甲野の何らかの行為に起因するものと考えざるを得ないところ、本件火災が原告の放火によるものか否かについて重要な関連性を有する甲野の事故当夜の行動や本件火災の目撃状況に関する説明には多分に不自然・不合理な点があるものといわざるを得ない。

7  その他の不審な状況について

(一) 初期消火活動の有無について

甲野が消防署に一一九番通報した当時、電話機から二ないし三メートル離れた位置に消火器が存在したにもかかわらず、甲野がこれを用いた初期消火活動を全く行っていないことは、甲野自身これを自認するところである。この点について、甲野は、前示のとおり、消防署員に対し、消火器を使用しなかったのは、あることは知っていたが、一一九番通報することしか頭に浮かんでこなかったと説明しているのであるが、それ以上他人をして納得せしめる説明をしておらず、前記鑑定結果に照らすと、その段階での火災の進展状況は初期消火を可能とする程度のものであった蓋然性も多分に認められ、甲野のこのような行動は誠に不可解であるとの疑念を払拭することができない。

(二) 甲野の本件火災前の行動について

甲野は、「和気店に到着するのは上郡店を閉めてから行くので、午前一時頃になる。」旨(平成七年三月二〇日甲野本人調書五頁)、「従業員がいる時に行くことは何度かあったかもしれないが、一年に何回もない。」旨(同七頁以下)、「夜中に私はほとんど行っていた。」旨(同一〇頁)、深夜本件火災発生の時間帯に本件店舗内にいたことの自然性を強調する供述をする一方で、「五時、六時、夕方に行くのは多い。」旨(平成七年九月一八日甲野本人調書六頁)とこれと矛盾する供述もしており、甲野のこの点に関する供述内容は一貫性を欠くものといわざるを得ない。

これに対し、原告の従業員松下泰典は、火災発生経緯確認書(乙第二四号証)において、「今まで、社長が売上金を取りに来られる時間は午後六時頃で、夜中に来られるような事はめったになく、また、新作のビデオをいちいち見られるようなことも、ありませんでした。私は、いつも、閉店時に売上金を計算すると同時に合計額をノートに記入して、現金はレジの中に釣銭を一〇万円残し、残金は、一回分を一枚の紙袋に入れてレターケースの中に納めていましたから、夜中に社長が来られたらすぐわかります。」と説明している。

また、甲野は、本件火災の当日午前〇時一〇分頃、上郡店から和気店に来てスキーの手入れをした旨供述している。

しかし、松下泰典は、前掲火災発生経緯確認書において、「社長は、スキーが好きで、毎年冬には良く行かれ、店内には、スキー板の掃除やワックスがけをするためのテーブルもありますが、社長がそこでスキーの手入れをされる時間はいつも午後六時頃からであり、今迄は深夜にそのような作業をされたようなことはありませんでした。」と説明している。

以上の事実によると、甲野の集金やスキー板の手入れは、同人の通常の行動パターンからすると異例の時間帯になされたことになり、甲野の本件火災前の行動は極めて不自然なものといわざるを得ない。

(三) ゴミ箱代わりの段ボール箱内の状況について

甲野は、火災発生原因報告書(乙第一六号証)において、「テーブルの側には、ゴミ箱として使っている段ボール箱(縦八〇センチメートル、横五〇センチメートル、高さ五〇センチメートル)があり、この箱には、底の方に一五センチメートル位の高さまで、パンフレットが入っていて、その上にスキー板の手入時に発生したワックスの削りかすやティッシュペーパー、煙草の吸い殻などを入れていた。その場所では友人である坂本勝美君や柴田高志君らがよくスキーの手入れをしに来ており、その作業で先程のようなティッシュなどのゴミが大量にテーブルの下にある段ボール箱の中に入れられておりました。これらゴミについては、平成四年一二月初旬よりそのまま放置していたため、前述段ボール箱の中は約下から五〇センチメートルの高さまでティッシュペーパーなどがたまり」と説明している。

しかし、従業員松下泰典は、前掲火災発生経緯確認書において、「私達は日々の掃除の際、その箱の中の物もビニールのごみ袋へ入れており、何日間も放置することはありませんから、ティッシュやワックスのくずなどがたまるようなことはなく、一月三一日の閉店時にも、テーブル横の段ボール箱には、ポスターが数枚と客が置いて行った雑誌が数冊入っていた程度で、ティッシュペーパーなどは残っていません。」と説明している。

そうすると、この点に関する甲野の説明は虚偽ではないかとの疑念を払拭することができない。

(四) 以上の事実によると、甲野の本件火災前後における行動には不自然な点が多々あり、これは、本件火災の発生を予定し、それに対応した行動をとったのではないかとの疑いを生じさせる。

以上のとおり認められ、原告代表者本人の供述中右認定に反する部分は前掲証拠と対比して信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二 右認定事実をもとに、被告主張の免責事由を認めうるか検討するに、本件火災が甲野の放火によるものであることを直接に証明する証拠はないものの、以上、検討してきたとおり、①捜査をした警察や調査にあたった消防署も本件火災の発生原因については未だ放火の疑いを残したまま最終結論を留保しており、原告指摘の消防署の判定も、専ら甲野の説明に依拠したもので、それ自体に十分科学的に合理的な根拠があるものとは窺えないこと、②甲野は、本件火災当時、原告の資金繰りに逼迫し、経済的な閉塞状況に陥っており、これは、社会的にみれば、そのような重圧から逃れるため、本件店舗を全焼させてもおかしくはない状況といえること、③鑑定結果に照らして考えると、本件火災については、それが過失による偶発的事故とすると、説明できない不自然、不合理な種々の事情が存在すること、④甲野の本件火災前後における行動には不自然な点が多々あり、これは本件火災の発生を予定し、それに対応した行動をとったのではないかとの疑いが強いこと、⑤甲野の説明には、他の関係者の供述内容や鑑定結果とも符合しない点が多くみられることに加え、本件火災保険の新規加入から本件火災までの期間が三か月強と比較的短いものであることを併せ考えると、本件火災は、甲野が放火したものと推認するのが相当であり、右推認を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、本件火災は、保険契約者本人である原告の故意による事故というべきであるから、本件約款における保険者の免責事由に該当し、被告には保険金支払義務はないというべきである。

第四  結論

以上によれば、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小澤一郎)

別紙〈省略〉

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